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任務後の話

 

「報告は以上になります。詳細は後ほど送ります」
「ご苦労アニシナくん。1週間良くやってくれた。十分な休息を取ってくれ。次の観測任務はおって連絡する」
「了解いたしました」
「では」


通信画面が閉じた。ふう、と息を吐き私は腰掛けていた椅子に体を委ねた。
『彼岸花事件』
数百年前に世界を混乱に陥れた昏倒及び幻覚が起きた事件だ。1週間流通の全てがストップし、各国に経済的、人的な大打撃を与えたものだ。
私はしばしば過去に潜入したことがある。記録が抜けている過去の事件を自身の目で観測し、正確に記録することが私たち歴史学者の目的だ。事件の詳細は抜けているところが多く、私以外にも複数名での観測が行われた。
事件原因とされる最有力候補地だった日本で私は当たりを引いた。
津月瑛美子。石蒜会の代表者。『彼岸花事件』の関係者候補だった、いや、首謀者だった人間だ。この人物を探る複数人の人間がいる事を私は知った。
彼らは児童集団失踪事件と石蒜会を結びつけて調査しており、私はその人物たちと接触を行った。そしてアジトのメンバーとして迎え入れられた。
まさかあんな小さな組織とも呼べない、あり合わせの集団であの津月瑛美子の野望を打ち砕けるとは思わなかった。権力があるわけでもない。力があるわけでもない。ただ意志と行動のみで切り開いた人たちだ。

直接観測を行い、その時代の空気を肌で感じ、その時代で生きる人々と交流を図れるのはとても良い。資料だけではわからない、言語化が難しいものを知る事が出来る。
だが、過去に遡れるとは言え『猟犬』だけには注意する必要があった。現在この『猟犬』から目をつけられない方法で過去への遡行は行えるようになったが、制限はある。人を殺す事は過去を変えかねない。誤って過去の人間を殺した場合『猟犬』が現れる危険性が大幅に上昇する。それに、私にも殺人に対する忌避感がある。あまり本気で戦えなかったというのが本音だ。もっと役に立てたかもしれない。だが関わり過ぎるのも規則違反に抵触しかねない。そう考えると私情を挟んでしまったなどと反省点が多い。

保管庫を調べたが津月瑛美子に関する資料はほどんど存在しなかった。死亡記録までなく、ヘタをしたら現在まで生きている可能性まで存在する。そう考えるとゾッとした。あの人間は間違いなく悪だ。少し会っただけで分かる。彼女はいてはいけない類の人間だ。可能であれば、彼女の正確な足取りを辿るべきだと進言すべきかもしれない。

あのアジトはとても居心地が良かった。どこまでも真っ直ぐで、前を向き続けて、正しい人間でいようとする、とても気持ちの良い人たちばかりだった。
あのアジトのメンバーは、元気にやっているのだろうか。保管庫に行けば資料があるかもしれない。だが、私は見なかった。もしまた彼らに会える可能性が少しでもあるのなら、それを楽しみにするのも悪くない。
そうのんびり考えていると急に眠気が襲ってきた。そろそろ休むべきなのだろう。任務中は『事象』のせいであまり良く眠れなかった。次に備えるためにも、休息を取ることにした。

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