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『考え症』

 

ケンと名付けた男は、存外考え症らしい。

何を考えているかと問う気は今のところない。
大体の想像はつく。

仕事に支障をきたすこともないだろう。
そもそも仕事や字を叩きこんでいるのだ。それらを覚えるために、他に意識が向きすぎる前に戻ってきていた。

言ったら変な顔をしそうだが、律儀で義理堅い男だ。
自身が連れてきた獣たちの面倒をよく見ているようだ。
まあ、私がそうするようにと言ったからでもあるのだろうが。

双生児は楽し気に歌っている。
獣は食事以外だいたい眠っている。
不死者は変わらず呻いている。

歌うのが仕事と言っていた双生児には、歌を聴いた時、たまに菓子をやった。
特に持ち合わせがない時は、ケンに彼女たちの分の給金を渡した。

色々言いたいことがあるようだったが「仕事をしたから」「彼女たちは幼いから今は君が管理するように」というと合点のいくようないかないような顔をして受け取っていた。

不愛想な顔立ちと粗野な口調。
それだけ見たら、ケンはただの平凡といっても差し支えのない青年だ。
ただ、決定的に『平凡』とかけ離れていたのは、男の下半身の異形の足だった。

馬の首から上が、そのまま人間の上半身と挿げ替えられたような出で立ちだ。
異国の神話に登場するケンタウロスと呼ばれる半人半獣のようだった。

それにあやかってケンと名付けたのだが。
捻ってもよいかと思ったが、これくらい簡潔で呼びやすいくらいが丁度いいだろう。


ここに来た時、気味が悪くないのかとケンは問うた。
お前こそ、私の瞳を珍しいとも思わないのだろう。
それと同じだ。

ただ私は、お前たちに多少気が向いただけだ。


あれは学がないと言っていたが頭は悪くない。
目まぐるしい、というほどではないが着実に物を覚えていっている。

何より分からないなりに現状に疑問を抱いている。
あれは真っ当に生きてはいけないと自覚している。

ただ私はあれを、あれが想像する真っ当なものとして扱っている。
その間隙にあれは戸惑いを覚えているのだ。

それが手に取るように分かって、なんとも可笑しかった。

なあ、覚えた名のものに触れるのはどんな感覚だ?
覚えた表現のものを実感するのは、どんな感覚だ?

楽しいだろう。そして恐ろしいだろう。
光射す感覚と這い寄る暗闇に呑まれそうだろう。 
世界は広大で、己の小さく頼りなさを実感しているだろう?
知れば識るほど、己が現状を実感してしまうのだろう。

それに耳目を塞いでしまいたくもなるだろう。
だが、お前はきっとそんなことはしないだろう。

せいぜい悩めばよい。
三大欲求以外のことを考えられるのは、高等生物だけだ。

自分の脚で立ち、生き方を模索すれば良い。
悩んで答えが出なければ、それはそれでまた人間らしい。
思考無き者を、私は人間とは思わない。

お前はどうしようもないくらい、お前が思っている以上に、人間なのだよ。

何かを恨むなら、愚かになりきれなかった自分自身か、獣そのものにしてくれなかった連中を恨めばいい。
もちろん、僕を恨んでくれてもかまわない。

それはそれで、とても愉快だ。


ああ、午後は何をするか。
少し目が疲れた。
ケンに簡単な書物でも朗読させてみるか。

返ってくる反応を予想して、少しだけ口角が上がるのを感じた。

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