『あの時』
自業自得だと思った。
仁科さんが彼女を撃った時、酷く頭が冷えた。
「生きる資格がない」と言った彼女が直後にあんな殺され方をするなんて、ひどい皮肉と、因果応報だと思った。
彼が焼身自殺を図った時も、頭が冷えていた。
友人を助けたいと言った彼も、我欲で人を殺し、罪を償わず死を選んだのだ。
逃げようと思った。
でも茶間さんが辺りが燃え広がる中、瀕死の彼女を連れて行こうとした。仁科さんは燃えながらそれを妨害した。それ程恨みが深いらしい。
二神さんを見た。目の前で大切な人を奪われた愚鈍な人。
茶間さんを見た。自分が危ないのにそれでもほとんど死体の彼女を持って行こうとするお人好し。
仁科さんを見た。恨みに囚われて自らも死にゆく弱い人。
白鳥さんを見た。償いきれない罪を犯した、可哀想な人。普通の人。普通に笑えてた人。
普通に生きてきた人。
普通に家族がいる人。
帰りを待っている人がいる人。
三貫納さんを見た。どこにも属さないグレーの人。悪事をするのに悪を否定する不思議な人。
これから私のやる事は、ただの私の感傷だ。
私のやることに、誰か怒る人間はいるのだろうか。どうしてこんなことを考えるのだろう。
ああ、でも、所長は怒るかもしれない。それでもきっと、私のやったことを認めてくれるんでしょう?
「みなさん、ごめんなさい」
私は勝手をします。
私は燃える仁科さんに近づいて躊躇いもなく引き金を引いた。
私は正義の人じゃない。
これは私の勝手だし、ただの自己満足。
拳銃に撃たれ、炎に燃えながら、仁科さんはまだ生きていた。だが覆いかぶさることはなくなった。
炎が移らないよう、私は拳銃を構えたまま素早く身を引いた。
「ほら、持って行きたいんでしょう。早く」
茶間さんは彼女に移る炎を払いのけ、背負った。
もう煙が充満してきている。
三貫納さんは事態を見届けると素早く出口へ走った。
呆然とする二神さんの背中を叩いて、茶間さんは彼女を背負いながら出て行こうとする。
燃える仁科さんを見て、私はこう言った。
「あなたは信念のある人だと思ったのに。残念です」
辛うじて生きている彼はもう、何も答えなかった。
私は出口へ向かって走った。