『エプロンどうしようSSS』
「どーするかなあ……」
かれこれ1時間くらいはこの調子だった。
というか、これをもらった日から毎日、思い出したようにやっている。
目の前に鎮座しているのはエプロンだ。
先日旦那……と言っていいのか。彼から誕生日プレゼントとしてもらったものだ。
柔らかな色合いのミントグリーンに花の意匠が散りばめられている。ラベンダー色の水玉模様の入ったリボンが可愛らしい。緑と紫は補色に近い色同士だが、実際はやや外れている。互いに目立たせ合う色に近いが、同じ淡いトーンだからか派手というよりも柔らかい印象で可愛らしい。
だが、これを前にして自分は困っているのだ。
何が困るって
可愛いのだ。
そう、可愛いのだ。
大体の物事は何となくで決めてしまっているが、服だけは拘っている。センスだって悪くはないはずだ。着たいものと似合う物のバランスは十全に取れている。
シンプルイズベスト。有り体だが王道だし間違いはない。彩度の低い白と黒とグレー、時々青の寒色を交えたものを好んで選んでいる。
限られた色で似た服装にならないよう注意が必要だが、そこは腕の見せ所だしそれを加味したって楽しい。
閑話休題。
そう、何はともあれ可愛いのだ。
自分が選んでるものより彩度が高い。
小さくて可愛らしい柄がある。
裾にはフリルだってついている。
そう、心が躍るのだ。
着たい服、好きな服、似合う服は往々にして異なる。
好きな服だけ選んでは全体のバランスが損なわれ、個々の魅力が失われてしまう。
似合う服だけ選んでも、着たい服と合致しなければ、心が踊らない。
着たい服を着ても、似合わなければそんな自分に辟易する。
自分は、似合うことを最重視している。そこに好きと着たいものとバランスが取れるようにしている。
これを着たい。良く見られたい。見た目通りに振舞える人でありたい。
そういった思いを込めて、いつだって服を選んでいる。
何度目かの閑話休題。
可愛いだけが問題じゃない。
もったいない。
着るのがとにかくもったいない。
だって可愛いのだ。
服は消耗品。着てなんぼの世界だ。
彼だってこうやって毎日ウンウン唸り着るのを躊躇う自分に「いや着ろよ」と突っ込む次第だ。
だが、彼が選んでくれたのだ。
しかもそれが可愛いのだ。
もうそれだけで使ったら消耗する、汚していつか着られなくなる、そう言ったことを考えてしまう。
物持ちが良い事を自負している。
好きなものは長く大事に使いたい。
だが、どんなに大切に扱おうとも物は劣化する。
不測の事態でより劣化を早めるかもしれない。
……いや。
そこまで長く、着られるわけじゃないんだ。
『お前も十数年後には、俺たちと同じ魚の化け物になるんだよ。それなら今死んだ方が良くない?』
チクリと胸が痛む。
もう5年が経った。
あと何年、何ヶ月、何日一緒に居られる?
あ、ダメだ泣きそう。
やめだやめだ。
どうしようもないことだって分かってる。
明日終わるかもしれない。
……だったら、うん。着よう。着ておこう。
一回も着なかった。見てるだけだった。着ておけば良かった。ただでさえ山積みの嫌な別れを想像してるのにこれ以上後悔を重ねたくなどない。
見せたら似合うとか、可愛いとか、良いじゃんとか言ってくれるかなあ。
まあ、あの鉄扉面が言ったら儲けもの。よくわからない「おう」で返されたっていつもの事。
それでいい。
着てもらうためにきっとプレゼントされたのだ。
贈り物に対する感謝は、使用して示すのが一番だ。
だったらそれは、着て証明するべきだ。
それで喜んでくれたら、嬉しい。
ああ、でも、あの言葉のお返しがまだ思いつかない。
不覚にもみっともなく泣いてしまった。
こっちはまたよくよく、考えておかないと。
そろそろ彼が帰ってくる。
よし、覚悟は決めた。
……やっぱり可愛すぎやしないか、これ。
いや、変に照れたら逆に恥ずかしい。茶化して騒いで流れのまま動く。これが一番恥ずかしくならない。
肩紐ねじれなし。リボンも綺麗に結べた。
よし、いける。大丈夫。
さあ、彼が帰ってきた。よし、来い。
「……おかえり!」
そう迎え入れた。彼の顔はまだ見れない。